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キャップアート
甚小オリジナルキャラクター「じんちゃん」
2年の任期で、2018年12月までが第3期です

   【H25年度前期児童会役員制作】
 

学校基本情報

あま市立甚目寺小学校
〒490-1111
愛知県あま市甚目寺寺西40番地
TEL:052-444-0040
FAX:052-444-9640
E-mai:sho_jimokuji@city.ama.ed.jp
ホームページURL:http://www.city.ama.ed.jp/sho_jimokuji/ 

    
   

   平成30年度 児童数

              9月3日現在

 学年  男  女  計学級数
  1
 34
 44
 78
 3
 47
 54
 101
 3
 43
 62
 105
 3
 47
 62
 108
 3
 52
 48
 101
 3
  70 
 48
  118 
 3
特支
 18
  10 
  28
 5
合計
 311
 328
 639
  23



 

甚小なかよし宣言


朝礼や児童集会で、児童会役員に続いて全校児童が、声に出して確認をしています。この宣言は、平成22年度前期児童会役員が作成しました。各学級や昇降口に掲示しています。
 

あまっ子宣言


あまっ子宣言は、あま市が平成25年に作成しました。甚目寺小学校では、昇降口に掲示しています。
詳しくはこちらあまっ子宣言.pdf
 

児童会 アルミカン・ペットボトルキャップ回収

平成29年3月13日 現在
アルミカン
1670kg
今回追加分143kg

  

平成29年3月13日 現在

ペットボトルキャップ
707,864個(今回110,800個)
CO2削減量 5,308.98kg

2010/4 スタート
              
 
 

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教育目標

 

本校の教育目標
 「善く生きる子」の育成を目標とし、知・徳・体の調和のとれた人間形成を図るとともに、公共の精神を尊び活力に満ちた心身ともに健やかな児童の育成を図る。
 
〔目指す子供像〕
自ら学び、自ら考え、主体的に行動する子(真理)
善く生きる子自らを律し、心豊かに生活する子(友愛・奉仕・感謝) 
心身を鍛え、たくましく生きる子(健康)
 

学校要覧・学校評価

学校沿革史

 

平成24年度(2012)に本校は、創立140周年を迎えました

1872(明治5)年8月甚目寺義校(日新館)を設置する。(後  明治18年甚目寺尋常小学校となる)
甚目寺義校分場を方領に創設(後 通敏学校→方領学校・土田学校→方領学校・新居屋学校→石作学校→森春尋常小学校・新居屋尋常小学校・石作尋常小学校→石作尋常小学校と称する)
土田学校を設立する。(後 今宿学校・東今宿学校→上條学校→上條尋常小学校→明治43年甚目寺尋常小学校に合併する)
1873(明治6)年9月遵路学校創立(後 萱津学校→甚目寺尋常小学校・八ツ屋村尋常小学校→萱津尋常小学校→明治40年甚目寺尋常小学校と合併し萱津仮教場となる)
1887(明治20)年3月尋常小学甚目寺学校となる。
1906(明治39)年7月町村合併により甚目寺村成立
1907(明治40)年2月元甚目寺尋常小学校、元萱津尋常小学校を廃し甚目寺尋常小学校を設置する。
1909(明治42)年4月高等科を併置、甚目寺尋常高等小学校と改称する。
1910(明治43)年12月上條尋常小学校を合併して西仮教場、東仮教場、萱津仮教場、上條仮教場の4か所で教授する。
1921(大正10)年3月上條仮教場が上條尋常小学校となる。
1925(大正14)年7月上條尋常小学校及び石作尋常小学校廃校となり甚目寺尋常小学校と合併する。
1926(大正15)年10月本校舎の新築が行われ、尋常科第4学年以上を収容し教授する。
1927(昭和2)年12月2棟(6教室)増築
1932(昭和7)年8月町制施行、甚目寺町立甚目寺尋常高等小学校と改称
甚目寺小学校講堂完成
1941(昭和16)年4月甚目寺国民学校と改称
1947(昭和22)年4月甚目寺町立甚目寺小学校と改称
1966(昭和41)年1月鉄筋3階建校舎新築(現 北館)
1970(昭和45)年8月鉄筋校舎増築(現 南館)
1973(昭和48)年4月南小学校新設(分離) 萱津分校廃校
1975(昭和50)年6月プール竣工
1976(昭和51)年4月東小学校新設(分離) 森春分校廃校
1978(昭和53)年3月体育館竣工
1980(昭和55)年4月西小学校新設(分離)
1987(昭和62)年1月憩いの広場植樹
1991(平成3)年8月温室新設
1994(平成6)年8月校舎大規模改修工事
1994(平成6)年11月海部地方教育事務競技会委嘱研究協議会
「目を輝かせ、自ら学ぶ子の育成」-算数科、生活科、特別活動を通して-
1998(平成10)年8月北館2階にコンピュータ教室を設置
2002(平成14)年9月北館1階西に図書室改装
2002(平成14)年11月中庭東にビオガーデン完成
2003(平成15)年3月インターネット配線
2005(平成17)年5月・7月愛・地球博見学
2005(平成17)年12月波の会ストーリーテリング
2005(平成17)年10月学校安全優良学校候補校実地審査
2007(平成19)年4月全国学力学習状況調査
2007(平成19)年10月甚目寺説教源氏節公演
2010(平成22)年1月校内LAN敷設
2010(平成22)年3月3町(甚目寺・美和・七宝)合併により、あま市立甚目寺小学校と改称
2012(平成24)年2月甚目寺観音恵方のため休校
2012(平成24)年10月創立140周年
2012(平成24)年12月ユネスコスクールに登録
2013(平成25)年5月飛散防止フィルム貼付、校舎塗装工事
2014(平成26)年4月県道徳教育研究推進校
2014(平成26)年10月エコキャップアート(学年キャラクター)
2014(平成26)年11月ESD子ども会議(名古屋市)に参加
2014(平成26)年12月プール改修工事
2015(平成27)年2月ESDパワーアップ交流会(東京・八名川小学校)にて実践発表(平成28年も)
2015(平成27)年11月岐阜県養老町立広幡小学校との交流始まる(メール交換、成果物交換)
2016(平成28)年8月岐阜県養老町立広幡小学校へ訪問


 

写真で見る甚目寺小の歴史

写真の年代は、はっきりしません。ご存知の方は、お知らせください。
  

  

  

  

  

  
                            昭和41年ごろ 新築された鉄筋校舎(現北館)   昭和48年ごろ 中庭風景

 

校歌・校章

甚目寺小学校の校歌と校章の歴史は古く、創立当時のものが現在も使われています。
甚目寺町の人口増加に伴い、「住へる人の数○○人」の歌詞が変化してきました。
現在の歌詞は、「四万」ですが、当初の詞は、「5千」で歌われていました。(その後、
「八千」「九千」「一万」「二万」「三万」四万」と変化)
 作詞は、愛知県第三中学校(現在愛知県立津島高等学校)の教師山田時治先生で
す。作曲者は、記録が残っていません。


 山田時治作詞   


1 濃尾平野に地を占めて
   住へる人の数五千
   名は世に高き 塔の堂
   誉れは響く 鐘楼の
   推古の御代の昔より
   栄は著るき我郷ぞ
 
2 そよぐ稲葉に土地拓け
   あがる烟に家は富み
   人の心はおだやかに
   一家の如く親しめり
   衣食は足りて礼を知る
   我郷 誰か愛せざる

現在歌われている歌詞

1 濃尾平野に地を占めて
  住まえる人の数四万
  名は世に高き塔のどう
  ほまれはひびくしょうろうの
  推古の御代の昔より
  栄はしるき我が里ぞ

2 そよぐ稲葉に土地開け
  上がる煙に家は富み
  人の心はおだやかに
  一家の如く親しめり
  衣食はたりて礼を知る
  我が里たれか愛せざる
聴かれたい方は、↓をクリック
甚目寺小学校校歌.wma
発音は変わりませんが、難しい
文字がやさしくなっています。
 著る⇒しる、烟⇒煙、
 我郷⇒我が里、等

[校章制定の由来]
1887年(明治20)11月、時の文部大臣森有礼が愛知県の学事を巡視
する途中、前ケ須駅 (現海部郡弥富町)において出迎えた高等小学校
児童の隊列運動と唱歌を聞かれ、感動のあまり手持ちの20金を当時の
海西郡の郡長横田氏に下された。これを記念して男子には森の字の入
った帽章を女子には賞碑を作って身につけさせた。
 これ以降、この地方(旧海東郡、旧海郡西郡 現海部郡)のほとんどの
学校で、校章や校旗には「森」の字がデザインされたものを用いていたよ
うである。
                  (海東郡海西郡小学校微章之記より)
 

甚小の伝統行事

その1 「縄リンピック」

 平成1617に「人権教育」の研究に甚目寺小学校は取り組みました。その研究では、縦割り活動を重視していました。その手段として、現在も残っていますペア学年で、様々な活動を行いました。16年、24年、35年のペア学年で三角ドッジボールなどを計画しましたが、全員が参加し楽しめる活動と言うことで、児童会とタイアップして、平成17年に始まったそうです。

                

その2 「甚小まつり」

 平成56年と研究委嘱をされ、算数科・生活科・特別活動の研究を進めました。その中で、特別活動としての取り組みとして「話し合い活動」を中心にした研究が進められました。話し合い活動の中には、学年集会や学級活動が含まれています。児童会活動も研究の一つとして取り組みがされ、みんなが楽しめる企画をしようと話し合った結果、音楽発表中心であった集会を「甚小夏まつり」として、まつりの出店を参考にした企画に変更したのが始まりです。当時は、運動場が活動場所でしたから、御神輿を作りオープニングに披露し、「サッカーボーリング」「ゴム鉄砲による射的」など児童が知恵を絞った取り組みがなされていました。低学年には、紙のお金が配られゲーム代金として支払われました。

その3 「甚小なかよし宣言」

 いじめを解消する目的で、平成22年児童会が中心となり、全校児童が意識でき、毎回唱和ができる内容を学級に募集し、集約した宣言文が今の「なかよし宣言」です。この宣言文は、はじめ「~しません」調であったのを「~します」調を付け加えて、現在の宣言文になっています。

その4 「甚小オリジナルキャラクター(じんちゃん)」

 平成24年の児童会長の公約に、みんなが親しめるキャラクターを作りますという内容が実現されたものです。全児童から公募して、10点ほど児童会役員で選び、その作品に全校児童が投票して決まったものです。「じんちゃん」の作者は、当時の6年生、宮川花凜さんです。児童会公認のキャラクターの任期は、2年とし、201412月までです。初代のキャラクターは、「じんちゃん」です。平成26年度、新しいキャラクター(2代目)が選出される予定です。

その5 「甚目寺観音節分会」

 平成22年に、校区内の子ども会がなくなりました。唯一存続していた「新居屋子ども会」が解散したため、甚小の児童にとって、地域とつながる機会が皆無になってしまいました。もちろん出店等へ出かけることはあっても、自分たちが地域行事の一役を担う機会も薄れてきました。したがって、ESDの研究もあり、学校として地域の行事に積極的に参加することを考えました。地域の将来も考え、「節分会」に子どもたちを参加させるべく、地域の方々にお願いをして実現しました。

 ・6年生の希望者は、節分会の日に豆まきを体験する。

 ・甚目寺観音が恵方の時は、学校は臨時休業とする。(交通事情を鑑み)

 ※ 甚目寺観音の恵方は、5年に一度です。平成23年の節分会は恵方のため、学校は臨時休業。平成24年度は土曜日。平成25年度は給食を食べて下校。

・節分会の前後で、境内や周辺の清掃をする。

 ・H25年度からは、西小の児童(3年生)も参加できるようになりました。