立春の前日を節分といって、豆まきの行事が行われるが、これは本来、追儺(ついな)と呼ばれる宮中行事だったようです。追儺はまた鬼やらいとも言って、疫鬼(えきき)・悪鬼を追い払う行事となっていました。古い時代は宮中でのみ行われていましたが、江戸時代になると宮中では廃止になり、逆に庶民の間に広がりました。節分の豆まきのことばは、「福は内、鬼は外」ですが、仏教寺院では「福は内、鬼も内」と唱える所もあるそうです。鬼を集めて、お経の力で改心させるためだといわれています。鬼という存在を受け入れているところに、違いがあります。
この日いわしの頭をひいらぎの小枝に刺して戸口にさし、炒り豆をまいて悪疫退散、招福の行事を行う風習があるところもあります。
そんな風習を取り入れ、本校の玄関にも飾ってあります。外界からの邪気を払い、校内の安全や平和を願っての飾りつけです。
この節分というものを少し調べてみると、狂言の節分の知識が至る所で目に付きます。節分の夜,夫が出雲大社へ年取りに出かけたので女がひとりで留守をしているところへ,蓬萊の島から来た鬼が訪れます。美しい人妻に心を奪われた鬼は,小歌をうたいつつ言い寄りますが、女はいっこうに受けつけないので、ついに泣き出してしまいます。その様子を見た女は、なびくと見せかけて、鬼の持つ隠れ笠、隠れ蓑、打出の小槌などの宝を取り上げ、家の中に入れるのです。鬼は横になり、くたびれたから腰をたたいてくれなどと亭主気取りもつかのま、女は、やっと豆をはやす時分になったと〈福は内,鬼は外〉と豆をぶつけて鬼を追い出すのです。
さて、鬼は鬼なのでしょうか。鬼から見たこの女性は、どのように映っているのでしょうか。鬼は、見た目が鬼であっても、心まで鬼ではなかったのかもしれません。ただ一人の女性に恋をした者が一人近づいてきた。それが鬼の姿だった。ただそれだけのように私には映るのです。捉え方によっては、鬼は女性の心にいたとも考えられないでしょうか。その心の鬼を外に追い払う豆があれば、鬼も女性も心清らかにこの事柄を上手に片付けられたのかもしれません。
本校の玄関にあるひいらぎイワシが、私たちの心の鬼を外へ追い出してくれることを期待したいと思います。
【今日の給食】
今日の給食は、ごはん、牛乳、いわしのかば焼き、関東煮、しそ和え、節分豆でした。きちんとその時期に合った、いわし、豆が給食に入っています。こういうことに目を向けると、食というものが私たちの風習に沿ってあるものだということが分かります。また、学校が教育現場であり、給食の時間も食育の現場となっていることを再認識させられます。お箸の持ち方、姿勢、落ち着いて有難いと思いながらいただくことなど、食を通して、ずっと昔から伝えられてきた日本人の心が見えるように思います。今日も本当においしかったです。ありがとうございました。ごちそうさまでした。
