最後の朝礼は3月11日となりました。朝から国旗を半旗で掲げました。半旗というのは、弔意を表すために旗竿の半分程度の位置に掲げる旗のことを言います。誰を悼んでいるのかは、分からないかもしれません。8年前の出来事ですから。中学校3年の生徒が7歳ですから、中2が6歳、中1が5歳です。記憶にも残っていないと思います。
今も無料動画サイトがあることから、東日本大震災は映像でいまだに見ることができます。映画のCGのようなことが、本当に起きました。生々しい、人々の落胆する声や、失うことの恐怖を映像から感じます。その当時の発表では、15894人を超える人の命が奪われました。
教頭からは、朝礼で『追悼の意』について説明があり、生徒は真剣な眼差しで聞いていました。
哀:悲しくて、胸が痛むこと
悼:人が亡くなったときに自分の心を痛めること
追悼:死を悼む気持ち、人の死に際して嘆き悲しむ気持ち。
今日は、意味を理解してから、教頭の黙祷の声で静かに甚目寺南中学校から祈りを捧げました。
2時46分、気付くと半旗の前にいました。風が強く国旗が旗竿に絡んでしまっていたのを直すためです。旗を直しながら考えたのは、15894人のことでした。自分の隣に座っている人が翌朝亡くなっていたら、私はどう思うのか。たった1人が亡くなっただけで、かなりのショックです。一緒に笑ったあの子や、悲しんでいた時に慰めてくれたあの子、大好きだった友達、何をしても味方でいてくれた両親、一生を誓い合った恋人…たくさんの人たちが、突然の別れに苦しんだことでしょう。いや、今もなお苦しんでいる方がみえると思います。
この15894という数字は1人1人の人生の数で、それまで一生懸命生きた人たちです。ですから、簡単に1万5千人以上や、約1.5万人のような、失礼な書き方ができません。しかも、まだ発見されていない人たちが、2562人もいると発表されています。
東日本大震災のボランティアに行った私は、石巻という町で、船が陸に乗り上げていて、木々は海水で腐り、傾いた家が何件も立ち並んだ、街灯の消えた薄暗い町を見ました。被災していない私でも、その光景は心に深く残っています。
災害は私たちに何を教えようとしているのでしょうか。必ず何かを学ばなければなりません。みなさんの家に避難グッズはありますか?避難所は分かりますか?学校に被災者用の水道があることを知っていますか?すぐそばにいるその人を失わないために、あなたは何ができますか?
どうか生きている被災者のみなさんが、また心から笑える人生を歩まれることを祈っています。
【今日の給食】
今日の給食は、カレーライス、牛乳、ボイルウインナー、グリーンサラダ、いちごでした。今日は食べるということができること自体に、喜びを感じていただきました。今日もおいしかったです。本当にありがとうございました。ごちそうさまでした。
